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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)117号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(本件審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

二 そこで、取消事由について検討する。

1 成立に争いのない甲第二、三号証によれば、本願発明の目的、構成及び作用効果は次のとおりであると認められる。

(一) 本願発明は、交換レンズ群において、各レンズ固有の複数種類のデータを格納したROMを備えたカメラの交換レンズに関するものである。

(二) 露出制御などレンズ交換式カメラシステムの制御には、交換レンズ群におけるそれぞれのレンズ固有の情報、例えば開放絞り値データ、焦点距離データ等の多種類の情報が必要とされる。

従来のレンズ交換式カメラでは、交換レンズ側からカメラボデイ側に交換レンズ固有の情報を伝達してカメラシステムの制御が行われているが、レンズデータの保持・伝達手段は機械的手段によるものであり、例えば、交換レンズ側にピンの長さ、位置等でレンズデータを保持すると共にデータの伝達にも用いられる信号ピンを設け、一方、カメラボデイ側には信号ピン検知部材を設けて、同時に、かつ並列的にデータの伝達がなされていた。しかしながら、機械的なレンズデータの保持・伝達手段によるときは、データ一個に対し一本のピンを必要とするものであり、レンズマウント部の限られたスペースに配列できる信号ピンの数に限界があるため、保持・伝達できるレンズデータは極く限られたものとなり、レンズデータの種類を増加させるには限界があつて、カメラシステムの制御の高度化を阻害していた。

(三) 本願発明は、右問題点を解決することを目的とするものであり、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。

(四) 本願発明の効果は次のとおりである。

カメラの交換レンズ側にROMを装着してそのレンズ固有の複数種類のデータを格納しておき、カメラボデイ側から必要なデータを読み出すものであつて、従来の機械的手段では取り扱うことができなかつた多種類のレンズデータを取り扱うことが可能となつたので、従来の機械的手段によつては実現できなかつた高度のカメラシステムの制御が実現できるものである。

また、交換レンズとカメラボデイ側との間の信号伝達には、データの種類とは関係なく同一の信号伝達端子を用いるようにしたから、データ用端子のほか、若干の制御用、給電用端子を要するのみで、ROMに格納するデータの種類がいくら増加しても端子数を増やす必要がない。

これにより、従来とは比較にならない多種類のレンズデータを取り扱うことができるにもかかわらず、レンズマウント部の構成を極めて簡潔なものとすることができ、その製作も容易となり、レンズ交換などの取扱いも容易となるものである。

2 第一引用例記載の技術的事項の認定の誤りについて(認定判断の誤り1)

(一) 成立に争いのない甲第四号証によれば、次の事実が認められる。

(1) 第一引用例記載の発明は、カメラを最終的な撮影準備状態(必要な露出値がカメラのシヤツタ及びレンズの性能に応じて露出値範囲内なら使用者による調定に関係なくカメラが適性露出写真を撮影できる状態)に維持しながら使用者が単一の制御でカメラ調定を調整するだけで焦点深度かカメラの鮮明画像撮影能力かのいずれか一方を選択できるようにするカメラ用制御装置に係わるものであり、使用者がカメラを最終的撮影準備状態に維持しながら焦点深度及びカメラの鮮明画像撮影能力を容易に制御できるようにする手段を提供することを目的とする((2)頁左下欄一三行目から右下欄一行目及び(3)頁左上欄五行目から八行目)。

(2) 第一引用例記載の発明は、右目的を達成するために、「カメラ調定に関連して所与の露出値を得るのに必要な絞り値及びシヤツタ・スピードの組合せを示す信号を提供するバイアス制御部材と、前記信号を受信するように接続され、これに呼応すると共に被写界深度値(以下「Ev値」という。)に対応する信号に呼応して所与条件に応じた適性スピード及び適性絞り値を算出するプロセツサとから成ることを特徴とするカメラ制御装置。」(特許請求の範囲第一項)という構成を採用した。

(3) 第一引用例記載の発明の制御装置の好ましい実施例として、「制御装置の構成は種々考えられるが、以下に詳述する構成では計算手段とリード・オンリー・メモリ(ROM)とを組合わせて構成する。ROMは個々のカメラに応じて可能な絞り値及びシヤツタ・スピードのあらゆる組合わせを示す組合わせ表を内蔵している。この組合わせ表の内容はレンズ特性に依存するから、レンズ交換式カメラでは計算手段をカメラボデイに組込み、ROMを個々の交換レンズに組込めば便利である。レンズとカメラボデイを結ぶ適当な電気接続を設けることはいうまでもない。」((3)頁右上欄五行目から一五行目)と記載されている。

(4) 第一引用例の第3図は、第一実施例の第一改良構成を図示しており((6)頁左下欄一〇行目)、発明の詳細な説明の欄には、次の記載がある。

「第3図ではレジスタ16の代りに、カメラ・レンズの構成に応じたシヤツタ・スピード及び絞り調定値の可能なあらゆる組合わせSSET及びFSETの組合わせとして含む単一または複数の組合わせ表を記載させたリード・オンリー・メモリ(ROM)16´を採用している。表のアドレスは前述の計算素子12~14の代りに採用された計算素子23によりEv及びBIAS値として算出される。レンズ交換式カメラに制御装置を組込む場合のようにROM16´に複数の組合わせ表を記憶させた場合、カメラに装着されたレンズを示す入力25からの信号を受信する決定素子10´によりライン24を介して該当表のアドレスが与えられる。……決定素子10´は露出値Evが(SMIN+FMIN)または(SMAX+FMAX)またはその中間値を取ると計算素子23を作動させるように構成する。……ROM16´中の選ばれた位置にFSET及びSSETの適正値が記憶されていると該当の出力装置17及び18へ送られる。第3図に図示の実施例でもレンズ交換式カメラの個々のレンズにROM16´を設ける。個々のROMは単一の組合わせ表を記憶しており、それぞれのレンズ内に取付けられる。レンズと、制御装置の残余の素子を内蔵するカメラボデイとの間に適当な電気接続手段を設ける。」((5)頁右上欄一〇行目から左下欄一八行目)。

なお、右記載において、SSETは2を底とするシヤツタ開放時間(秒)逆数の対数に相当する値、SMINはカメラの最小SSET値、SMAXはカメラの最大SSET値、FSETは2を底とするレンズの調定絞り値の対数の2倍に相当する値、FMINはレンズの最小FSET値、FMAXはレンズの最大FSET値であり、EvはSSET+FSETに相当する((4)頁左上欄四行目から一二行目)。

(二) 右(一)(3)の事実によれば、第一引用例には、「ROMは個々のカメラに応じて可能な絞り値及びシヤツタ・スピードのあらゆる組合わせを示す組合わせ表を内蔵している。この組合わせ表の内容はレンズ特性に依存する」と記載されているから、本件審決が、第一引用例に「絞り値及びシヤツタ秒時にそれぞれ相当する値の該レンズの特性に依存する組合せ」が記載されていると認定したことに誤りはない。

(三) 原告は、第一引用例の右「組合わせ表」のうち「レンズ固有のデータ」に属するものは「最小絞り値」のみであつて、その余のものは交換レンズの特性に依存するデータではない旨主張する。

しかしながら、第一引用例の実施例におけるレンズ交換式カメラにおいては、「組合わせ表」を内蔵するROMは、「組合わせ表」の内容がレンズ特性に依存するものであるから、個々のレンズに組み込むこととしたものであり、本件審決は、かかる場合を「該レンズの特性に依存する組合せ」を格納したものと認定したものであつて、第一引用例記載の交換レンズにおける「組合わせ表」の個々のデータの性格を論ずることは意味のないことであり、原告の主張は理由がない。

3 本願発明と第一引用例のものとの差異の認定について(認定判断の誤り2)

(一) 本願発明においてROMに格納される情報が「少なくとも交換レンズの開放絞り値データ、焦点距離データを含むレンズ固有の複数種類のデータ」であることは、本願発明の要旨の「交換レンズに少なくともレンズの開放絞り値データ、焦点距離データを含むレンズ固有の複数種類のデータを格納したリードオンリーメモリー」との記載から明らかであり、第一引用例の発明においては、前記2記載のとおり、「絞り値及びシヤツタ秒時にそれぞれ相当する値の該レンズの特性に依存する組合せ」である。

したがつて、本件審決が、差異の第一点として、「ROMに格納される情報が、本願発明は少なくとも交換レンズの開放絞り値データ、焦点距離データを含むレンズ固有の複数種類のデータであるのに対して、第一引用例は絞り値及びシヤツタ秒時にそれぞれ相当する値の該レンズの特性に依存する組合せである点」と認定したことに誤りはない。

(二) 原告は、ROMに格納されたデータが、本願発明が少なくともレンズの開放絞り値、焦点距離データを含むレンズ固有の複数種類のデータであるのに対し、第一引用例のものは、露出値に対応した絞り値とシヤツタ速度との可能な組合せを示すデータで、絞り値とシヤツタ速度とが一対をなして初めてデータとしての意義を有するものであり、両者はレンズ固有のデータで共通するものでなく、もちろんデータの種類の違いでもなく、両者は全く性質を異にするデータである旨主張する。

しかしながら、本件審決は、第一引用例の記載事項として、ROMに格納されたデータをレンズ固有のデータであると認定したものではなく、審決認定の差異の第一点もレンズ固有のデータの種類の特定にあるものではないから、ROMに格納されたデータの性格を論じても意味はなく、右原告の主張は理由がない。

4 本願発明と第一引用例のものとの差異の第一点についての判断について(認定判断の誤り3)

(一) 本願発明の要旨によれば、本願発明におけるROMは、「少なくともレンズの開放絞り値データ、焦点距離データを含むレンズ固有の複数種類のデータ」が格納されていることを要件としているだけであつて、それら「複数種類のデータ」がどのような形で格納されているかは特定されておらず、また、本願発明において、右「複数種類のレンズ固有のデータ」を「少なくともレンズの開放絞り値データ、焦点距離データを含む」と特定しても、「少なくとも」と記載されていることから、それによつて、他の種類のレンズ固有のデータを排除するものでもなければ、相互に独立したデータに限定されるものではないことは明らかである。

(二) 右のとおり、本願発明におけるROMは、どのような形であれ右「複数種類のデータ」が格納されていればよいところ、カメラを制御するための情報として、レンズ固有のデータである開放絞り値データと焦点距離データは周知であり、これらのデータは、カメラの制御システムに要求される制御目的に応じて適宜選択し得るものであるから、本願発明がROMに格納されるデータとして、少なくとも開放絞りデータ、焦点距離データと特定したことについて格別の意義は認められない。

なお、本件審決は、「本願発明におけるその余の構成との関連からみて、その特定に必然的な理由もなく」と認定判断しているが、右認定判断の意味するところは必ずしも明らかではないものの、本願発明の明細書の詳細な説明の欄によつても、格納されたレンズ固有のデータを、周知のデータである開放絞り値データと焦点距離データに特定した格別の理由についての合理的な説明は認められないので、本願発明におけるその余の構成(特許請求の範囲のうちROMを除いた構成)との関連からみても、その特定に必然的な理由がないと判断したものと解される。

したがつて、本件審決が、「本願発明が、「少なくとも」としながらも、この二つのデータを特定したことについて、本願発明におけるその余の構成との関連からみて、その特定に必然的な理由もなく、この点に格別の意義は認められない。」と判断したことに誤りはない。

(三) 原告は、本件審決が、本願発明において制御システムが構成要件とされていないことを理由に、ROMに格納したデータを特定した点の意義が発明の詳細な説明から明らかであるにもかかわらず、これを無視して格別の意義が認められないと判断したことは、本願発明が交換レンズに関する発明であり、交換レンズはカメラボデイに装着して使用されるという使用上の特質を看過してなされたものである旨主張する。

なるほど、本願発明は、交換レンズに関する発明であつて、交換レンズは単体として使用されるものではなく、カメラボデイに装着して初めて機能を発揮するものであり、本願発明の要旨に照らせば、本願発明の交換レンズでは、カメラシステムの制御に使用するデータをレンズ固有の複数種類のデータと特定し、その特定したデータを格納したROMと、カメラボデイ側からこれらのデータを読み出し、カメラボデイ側に伝達するための構成を備えることで交換レンズとしての構成が完結していることは、原告主張のとおりであると認められる。

しかしながら、本件審決が、本願発明において制御システムが構成要件とされていないことを理由に、ROMに格納したデータを特定した点の意義が発明の詳細な説明から明らかでないとしたものでないことは、これらの記載を含む本件審決の差異の第一点の判断についての記載全体の文脈からみて明らかである上、本願発明の明細書にはROMに格納されたレンズ固有のデータを、少なくとも開放絞り値データ、焦点距離データと特定した理由についての合理的な説明はなく、しかも、右二つのデータがカメラを制御する情報として周知であることは前記認定のとおりであり、また、本願発明は、本願発明の要旨のとおりの構成を採るものであつて、開放絞り値データ及び焦点距離データを最小限要件としたことに伴う制御システムを構成要件とするものではないことは、本願発明の要旨に照らして明らかであるから、原告の主張は理由がない。

5 以上のとおり、原告の認定判断の誤り1ないし3の主張は、いずれも理由がない。

三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

交換レンズに少なくともレンズの開放絞り値データ、焦点距離データを含むレンズ固有の複数種類のデータを格納したリードオンリーメモリーと、カメラボデイ側から伝達される上記リードオンリーメモリー内のデータ読出しを制御する信号を受信してリードオンリーメモリーのアドレスを指定するアドレス信号出力部と、上記リードオンリーメモリーの指定アドレスから出力されるデータをカメラボデイ側に伝達するデータ信号出力部と、前記リードオンリーメモリー、アドレス信号出力部、データ信号出力部に対して給電と、データ読出しのための信号授受のためにレンズの光軸まわりの周方向に沿つて配置された接触端子を備え、リードオンリーメモリーに格納された複数種類のデータを同一の接触端子を介してカメラボデイ側に伝達可能としたことを特徴とするカメラボデイに複数の情報を伝達する交換レンズ。

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